エッセイの部屋


環境新聞「地球タイムス」連載

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この星に生けるものたち
               アジア編第7回 
     スマトラゾウ

 アジアゾウにはインドゾウ、セイロンゾウ、マレーゾウ、それにインドネシアのスマトラ島に生息しているスマトラゾウがいる。いずれも絶滅危惧種に指定されている。
  昨年、スマトラ島の森を切り開いてできた村で、十頭以上のゾウが毒殺された。農民たちが「害獣」として駆除したのだそうだ。
  開拓や火災で生息地の森を奪われたゾウは、ヤシの実などの食料を求めて、群れをなして農地を荒らす。五年前にも、ヤシ畑を荒らした十二頭が、プランテーション会社に毒殺されたという。
  スマトラ島の西スマトラ州では現在、ダムの建設にともなう反対運動が続いている。コトパンジャン・ダムの建設だ。この事業には日本のODAが関わっていることから、住民たちは日本を相手に裁判をおこしている。
  面積が約124平方キロメートルもあるダム建設で、そこに生息していた動植物たちも水没した。三十六頭のゾウは、動物保護施設に移動させられたが、住処を追われたゾウたちは、食料や水を求めて村に出てきて建物を壊したりした結果、殺された。
  今年三月、本来なら研究目的以外では輸出入が禁止されているこのスマトラゾウを、熊本県「阿蘇熊牧場」が輸入申請をし、経済産業省が許可した。
「飼育下で繁殖した個体」とされていたが、インドネシアからの情報では「野生由来の個体」であったということだ。同じようなことが二年前にもあったという。
  牧場のイベントのために不法に輸入されようとしたゾウは、五頭の子どもゾウだった。
  スマトラゾウは二十年前まではスマトラ島の全部の州にいたが、いま二州で絶滅してしまっている。保護動物として捕獲が規制されているが、人間にとって有害であると駆除されてしまう現実がある以上、絶滅の危機から救うことは困難だ。
  スマトラ島にあるゾウ保護センターで、ゾウに乗せてもらったことがある。モンゴル馬や砂漠のラクダには乗ったことがあるが、ゾウははじめてだった。熱帯林の丘を登り川を渡り二時間のあいだ、ゾウはゆったりと、のしのしと歩きまわった。人間に管理されているこのゾウたちは、本来の住処を失ってしまったものたちだ。


 この星に生けるものたち
               アジア編第8回

      チベットカモシカ

 チベットカモシカの毛で作られた「シャトゥーシ」という、豪華なショールがあるという。一枚が長さ二メートル、幅一メートルもあるのに、重さはたったの百グラム。握りしめれば指輪の中を通るため「指輪ショール」ともいわれているそうだ。値段は四万ドルくらいだというから、四百万円以上もする超高価なショールということだ。
  厳寒なチベット高原に生息するチベットカモシカの毛は、環境に適応するため軽く、細く、柔らかく、弾力性に富み、保温性もきわめて高い。「カシミアの王」とまでいわれている。
  チベットカモシカもシャトゥーシも、存在自体知らない者には、まるで幻のような話だが、現実に商品として流通しているのだ。
  このショール一枚のために命を奪われるカモシカは、十頭。二十世紀初頭には数百万頭いたとされるが、現在は推定五万頭で、毎年二万頭が密猟の被害にあっているというから、この計算でいえばあと三年足らずで絶滅してしまう。あとには五000枚のシャトゥーシが残るだけだ。
  チベットカモシカの絶滅への歴史は、そう古いことではない。中国西部の青海・チベット高原の北西部、海抜4600メートル以上のところにココシリ高原がある。200種以上もの野生動物が生息しているという秘境だ。
  ここに二十年前、金鉱が発見されたことが、絶滅への加速を早めることになった。金の採掘者たちは一九九〇年代になると、鉱物資源よりは国際市場で取引されているカモシカに目をつけた。
  金より高値で売れるということから、狩猟に転換していったという。
  狩猟者たちが車で走り回り、銃を乱射して群れでいるカモシカを殺しまわる風景を、チベットの人たちは目撃している。いちどに数百頭殺戮したという。
  それは保護活動が強化された今でも続いている。密猟摘発のパトロールも、広大な面積と過酷な自然のため、成果が思わしくない。
  ただ現在、ココシリ自然保護区管理局は、チベットカモシカ保護のボランティア活動に力を入れはじめた。各界各層の幅広い人たちが募集に応じているという。上海で行われたボランティアの集いには1000人にのぼる申し込みがあった。中国もようやく環境問題に関心が深くなってきた。



この星に生けるものたち
            アジア編第9回
     コープレイ

 コープレイは、ベトナム、タイ、カンボジア、ラオスに生息する、大型の野牛だ。
  カンボジアの森で発見されたのが、六十五年前の一九三七年。その当時で生息数2000頭と推定され、現在は100〜300頭くらいしか生き残っていないらしい。
  四つの国の国境にまたがる限られた地域にしかいないこの動物は、どうも幻の生きもののようだ。動物を研究する専門家でも、生きている姿をみた者は殆どいないという。
  ちょうど、牛のホルスタインと体重は同じくらいだが、コープレイのほうが足が長く、スマートな体格のようだ。身体はつやのあるオリーブ灰色で、オスもメスも80センチもある大きな角をもっている。
  オスは角で塩をなめるために地面を蹴ったり、木の幹にこすりつけたりするので、角の先がはげてささくれだっている。たいていは20頭くらいの群れで生活していて、年をとったメスがリーダーになる。
  生活の場は森の中のひらけた草地で、休むときや危険から身を守るときには、森の中に姿を消す。
  もともと数が少ない動物だと思われているようだが、激減した大きな理由として、戦争があげられる。
  十年以上もつづいたベトナム戦争では、アメリカは枯葉剤を大量に空からばらまいた。猛毒の化学薬品は、コープレイのすむ森を襲った。生息地の面積がいちばん大きいカンボジアでも、内戦で国が焦土と化した。
  戦争で被害を受けるのは人間だけではない。そのとき森にいた動物は、みんな死んでしまっただろう。ベトナムの人たちは、いまも枯葉剤の被害で苦しんでいる。
  戦争のほかにも、食料として、みごとな角を商品の飾り物として、人は自分たちのためにコープレイを狩った。
  生態事態が謎の多いコープレイの保護についても、最近おこなわれた調査で「まだ絶滅はしていない」ということがわかっただけで、なにも手がつけられていない。
  研究者でもみたことのない野生の生きものを、どうしたら守れるのか。
  コープレイは、世界自然保護モニタリングセンターが発表した「絶滅の危険がとても高い動物20種」のひとつだ。



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